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複合戦争と総力戦の断層:山室信一

 

複合戦争と総力戦の断層:山室信一 。  読書感想

東洋経済の学び直し近代史60冊の中の1冊。

私の知識としてWW1とは、欧州が中心であり、欧州列強のの植民地である中国にも波及した事で日本に影響したという事。

日本は欧州列強が戦乱でひっ迫した隙に中国の青島を占拠した写真を記憶している。

そしてドイツへの戦後賠償が厳しすぎてヒットラーの台頭を許したという程度だ。

 

高校の日本史の教科書を見ると、WW1についておおよそ4ページ使っているが、本書は160ページを使っている。

本書は京都大学の共同研究として授業で使われる事も視野に編集されているため教科書的な分かり易さ、客観性、紙数の少なさ、写真を多用していて読みやすい。

その一方、本書の目的からして日本に関係のある政治家や軍人の外交に多くの紙数を使っているため、経済や国民生活への影響という視点は少ない。

例えば本書では、日本人にとってWW1は遠い欧州が主戦場であり、日本が攻められるリスクがなく、参戦を迫られる状況でなかったため一部の政治家と軍人によって参戦が決められたと記載されているが、教科書を読んでいると、日清戦争の勝利を契機に思想界は対外膨張主義や大陸進出論一色になっていたことが記載されている。

明治23年までの3年間に日本の雑誌新聞の発行量が3倍に増加し、雑誌「日本人」「国民の友」などで言論人が盛んに大陸進出論論争を繰り広げていたと記載されている。

つまり一部の政治家が参戦を決めたにせよ国民全体が賛成していたことを窺わせる。

また桂園内閣やシーメンス事件で民衆の抗議が高まったため、国民や言論界で人気の大隈が第二次内閣を組成したが、国民に人気のあった大隈がWW1を承認した首相であることも参戦に民意があった事を現わしているのではないでしょうか。

そして大隈は現在も早稲田大学の創業者として人気を維持している。

因みに大隈は「国家膨張は開国進取の現れである」と主張しており、明治維新から日清日露戦争の成功につながった開国と膨張主義は国全体として正義だったのだろう。

戦後教育を受けて令和に生きる私からみれば日本の軍国主義帝国主義、大陸進出は下品で野蛮で価値観に反するが、当時世界の先進国はどこも大陸進出にしのぎを削っており、日本が侵略しなければ欧米が侵略するだけで、弱肉強食の世界の理論だろう。

東アジアに植民地利権をもつ欧米は日本と競合しているので日本を批判するは当然だが、日本をけん制しておいて自分たちの権益は広げようとしていただけだった。

また、大陸が欧米に植民地化されてしまうと、大陸に近い日本の安全保障が脅かされるし、資源のない日本が生き延びるには資源確保の大陸進出を目指すの正義だろう。

しかし、侵略する側に立てば正当な理屈だが、侵略される側に立てば日本の理屈には全く正当性はなく、侵略に際しての虐殺、略奪、主権侵害の悲惨さを記載することも重要ではないか。

ウクライナ戦争において死体の映像を流す理由は侵略の悲惨さを伝えるためだろうし、侵略される側の悲惨な状況を伝える事で侵略を抑止する教育が必要だろう。

 

教科書の記載の戻ると。開戦時には「日本は日英同盟と日露協約の関係で三国協商側に立った。第二次大隈内閣は加藤外相の主導のもと日英同盟を理由に参戦。」としか記載されていない。

本書では当時の内閣や野党、元老などの発言を詳細に記載しているが、WW1が始まる前からどのように中国利権を維持拡大するかが常に検討されており、絶好の好機と考えられていたことがわかる。

日英同盟がなくとも日本は何とか理由をつけて大陸進出をしていただろう。

一方、同盟国の英国を見ると、戦況が不利になると日本の参戦を要請し、戦況が有利になると日本の進出を防ぐために参戦を制限することを繰り返している。

英国側も自己の利益しか考えていない。節操がなく2枚舌外交であることは日米同じだったようだ。

参戦の目的は対華21か条要求に込められているので詳しく見てみる。

第一号:山東省におけるドイツ権益の譲渡。私が学生時代に学んだ時の感想は、他の列強に比べて遅くに進出したドイツがもつ山東省は面積も狭いし、大した価値無いのではというものだった。

しかし本書を読めば、膠州湾は中国第二の港であり、山東鉄道は沿線に炭鉱があって内陸部の消費市場にアクセスするための重要なインフラや資源であることが理解できた。

第二号:南満州と東蒙古の権益延長。学生時の感想は、既に日本が租借している満州の租借延長など簡単で大したことではないだろう。

しかし満州鉄道は39年には中国の買取に応じる必要があり、遼東半島は23年に返還義務があった。参戦した14年から見れば10年以内に返還が必要だった。

日露戦争後は20万人の日本人がこの権益を使って中国で活動しており、大陸拠点を失うわけにはいかなかった。

教科書では列強の対中投資比率が円グラフで載っている。14年→31年で見ると。日本は13%→35%であり、英おっくの37%に次いで2位になっていた。

日本の対中投資がいかに巨額か。そして投資したからには権益を維持する必要があるかが理解できる。こういった経済面からの解説はさすが教科書。

一方。中国でも官民を挙げて国益回復の要望が高まっていたため、日本もイギリスが香港を99年租借した事に習って、長期租借に切り替える事で中国との紛争を解決する事が目的だった。

第三号:教科書では省略されているが、漢冶ひょう公司の日中共同経営。私の感想は、なぜここに一公司の共同経営といった小さな要求が記載されているだろうか?というものだ。

この公司八幡製鉄所への鉄鋼供給に重要であり、日本の対中投資の大半を占めていた。

八幡製鉄所は戦略物資の生産に欠かせない最重要施設であり、先ほど触れた対中投資の激増の大半はこの公司に対するのであれば理解できる。

第四号:福建省の港湾利用 これは日本の植民地である台湾が対岸にあるため、台湾に対する軍事的経済的安全保障として必要だった。

第五号:日本人軍事顧問の雇用、日本人学校や寺院の土地所有、日本人警察官の雇用、揚子江中流の鉄道施設。これは中国主権の侵害であり中国は交渉さえ拒否した。

加藤外相は四号を取引材料であり取り下げる予定だったと説明している。

この21か条の要求は、あからさまに経済権益の確保や中国の朝鮮半島化を目指しており、中国主権を無視している事、欧米列強の植民地政策とも抵触するものであった。

そして第五号を隠して欧米に公開するなど後ろめたい事をしている。第一号の山東省はドイツから日本が譲渡を受けて中国に返還する条約だが、そもそもドイツから中国に直接返還の話し合いもされており日本が中間に入るのは日本の租借延長を将来目標にしていると思われた。

また、日本の対外公使館に対しても2条~5条の存在を開示しておらず、その状態で欧米の新聞に開示したため、日本公使館は1条のみを現地に説明していたため海外の信頼を低下させた。

21か条に署名した袁世凱は「日本は欧米戦争の間隙に乗じて、わが国力の弱体につけこみ、主権侵害、内政干渉となる条約をつきつけた。兵力では対抗できないためやむを得ず要求を受け入れざるを得ない事は最大の恥辱であり臥薪嘗胆の精神で奮闘してもらいたい」と訴えていた。

現在の中国の躍進を見れば、100年の時を経て中国が日本に臥薪嘗胆の仕返しの気持ちを持つ事は理解できる。

 

教科書ではアメリカの記載は5行だけ。

「石井ランシング協定により、①中国領土の保全と門戸開放②地理的事情により日本は中国に特殊利益をもつ事が合意された。」

しかし本書を読めば、太平洋を挟んで新興国であるアメリカと日本は覇権を争っており、大戦の期間を通じて日本が目的とする行動にアメリカが介入して大きな影響を与えていたことがわかるが、教科書の記載ではそれはわからない。

また、中国からすれば、自分を抜きにして日米で中国の領土、主権に関して決定する事は中国の主権を無視しており話にならない。

もし日本の鉄道や港湾の利用権を日本抜きに中ソが合意したら我々はどう感じるだろうか。

過去にイギリスやフランスがおこなったのは軍事的威嚇による侵略だが、遅れてきたアメリカは武力でなく、投資による経済的侵略を行っており。国民主権を尊重し、自由で開かれた中国を目指していた。

日本も遅れてきた帝国主義国だが、逆に軍事的威嚇を極端に使ったため時代遅れの侵略手法であり、中国や世界からの反発と不信を買ってしまった。

しかし、アメリカと違って日本には資本力も資源力もないため投資による経済侵略はできなかった。

高度成長期の日本がNYの土地や不動産を買収した時に、第二の真珠湾攻撃と言われたが、もし中国に投資可能だったら第二の国恥と言われたのだろうか。

WW1は、日英同盟を根拠に英国の要望をきっかけにドイツと戦う事が建前であった。

実際には英国は日本の中国進出を恐れて参戦を制限していたし、英国が参戦する前から日本の英国大使は英国外相に参戦の打診をしていたくらいだ。

軍事的にはドイツが占領していた青島より先に、ドイツ軍がいない内陸部の山東鉄道の占領を行うなどドイツ軍との戦闘よりは中国内の鉄道や港湾占領に時間をかけていた。

実態は中国侵略を目標としていたことがあからさまである。

世界は大戦が3カ月ほどで終わると予測していた。そのため日本は無理やり早期に参戦して素早く中国権益の確保を締結しようと焦っていたため拙速だった。

一方、中国は中国権益を持った欧米列強が大戦により欧州に向かう事で、中国の主権回復を期待していたが、間隙をついて侵略した日本に反動として大きな失望を持った。

 

教科書のシベリア出兵は僅か1行。「ロシア革命により社会主義国家の誕生を恐れた英仏連合軍は日米にシベリア出兵を促した。」「アメリカはシベリアのチェコスロバキア軍救援を名目に寺内内閣に共同出兵を持ちかけた」

「列強が18年の大戦終了後撤退したが日本の駐兵は22年まで続いた。」これだけでは出兵の本当の理由は伝わらない。

一方で、注釈では戦費が10億円と記載されており、日本経済がWW1で11億の債務国から27億の債権国になった事が記載されておりシベリア出兵の巨額さが理解できる。

その巨額な出費に対して、目的や成果がほとんどなく、出兵をあてにした米の買い占めにより米価が高騰したくらいであるため歴史に埋もれている。

本書ではシベリア出兵について。公にされた目的はチェコ軍救援であり、ロシアの領土不変更と内政不干渉であったが、真の目的は東清鉄道と樺太油田の権益確保としている。

戦艦の燃料が重油となったため、日本海軍としては地理的に近くて良質な樺太油田は生命線とされた。

また満州や蒙古の権益を強化する事や、ウラジオストクにある63トンの武器やドイツ軍がシベリア鉄道で東アジアに来て山東省権益を奪取することを防ぐためにも東清鉄道の確保は重要だった。

ロシアの消滅は、ロシアが持つハルビン自治区権益の消滅となり、そこにドイツが来ることを防ぐのは中国の利益にもなるためドイツに対する日華共同防敵軍事協定を結び、中国参戦軍と共同する事で日本軍は中国内を自由に移動する事や、満州からシベリア出兵が国際法上可能となった。

中国はWW1参戦のために日本軍の指導のもと3個師団を組成したがこれが中国参戦軍。

陸軍の田中義一参謀次長はシベリアに傀儡政権を作ってシベリア資源の確保を主張し、小磯国昭にシベリア資源の調査を命令している。

日本はソ連に宣戦布告していないため、直接ソ連の権益を奪取できない、そのため傀儡政権が必要であり、複数の傀儡政権候補を支援したがいずれも失敗した。

たしかにアメリカもシベリア鉄道の利権獲得を目指しており、日本はそれを阻止するために単独派兵まで視野にいれていた。

日本国内においては、日露戦争から10年が経過しており、国内の軍国主義路線を復活させるために戦争が必要であると山県元老や後藤外相、田逓信相が主張した。

労使紛争や米騒動など国内の不満を挙国一致の戦争により収拾させる目的もあった。

ドイツの休戦やチェコ軍救援の完了により列挙区が撤退する中で日本軍のみが駐兵を続ける理由がなく、朝鮮半島満州への脅威の除去としてパルチザン鎮圧という住民全体を仮想敵とする泥沼にはまった。

結局、国内と国際世論の批判にさらされて膨大な損失と成果がないまま撤兵した。

加藤外相の対華21か条の要求を、国際世論の反感を買っただけの愚策と批判した寺内は、逆にシベリア出兵により加藤から、天下の愚策と批判された。

加藤と寺内の批判が正しいとすれば、日本の山東省とシベリアへの出兵両方が天下の愚策であり、WW1への参戦自体が天下の愚策という事になると本書は皮肉に締めている。

 

さて、現在ウクライナ進攻しているプーチンの主張は「ナチスの撲滅」「迫害されている親ロシア住民の保護」「ロシア国境のウクライナへのNATOの武器配備によるロシアへの軍事的脅威」といった主張はWW1で日本が主張していた「山東半島のドイツから中国への返還」「中国での門戸開放」「日本や台湾、朝鮮へお軍事的脅威の除去」「ロシア内のチェコ軍救援」など似ている。

現在日本人は、よくプーチンは平気であんな嘘をつけるなと思うなら、WW1で日本が進攻の理由としていたことは世界から見れて同じように映っていたのだろう。

アメリカがイラク大量破壊兵器の脅威を理由に進攻したが、大量破壊兵器は存在しなかった事を見れば、旧帝国日本や、現在のロシアと言った全体主義国家に限らず、強国が弱い国を侵略するときの建前は100年前から現在まで同じ構造だと感じてしまいました。